「愚民のファンファーレ」第1話「幸福の取引」

著&イラスト:夜奏ルフ(Rufu Yasou)


 「本当にあんた死神なのか?」
 園田は自身の描く頭中のイメージとのあまりの違いに老人にそう訊ねた。
 確かにそうだ。宙に浮いてさえいなければ、さぞ名高い高僧?否、あらん限りの笑みをたたえたその顔は、救済を義務付けられたメシアと言った方がピッタリくる。
 「疑い深い奴よの〜。ほれ、ここにドクロのマークが入っているのが見えるじゃろ」
 着古した木綿の被服を翻し、死神は申し訳程度の小さなドクロマークを園田に示す。
 「まあ、この際だ。あんたを死神と信じよう。そんな事よりさっき言った事は本当なのか?臓器を提供すればオレの命を救ってくれるって言ってたな。普通、逆じゃないのか!?それと、金持ちにもしてくれるとも言ったよな!?」
 「死神に二言はない!!」
 幾重に重なった目尻の皺が一瞬消滅し、凛と死神は言い放った。
 * * * * *
 園田自身が一番信じられなかった。
 一週間もすると、僅かばかりの園田の土地がインフラ整備の対象となり、法外とも呼べる価格で国が買い上げた。
 死神に提供した、胃、肝臓の二臓器の変わりに購入した最新版疑臓器のクレジットはこれにて完財。擬臓器もすこぶる快調で、死に際だったのが嘘の様に、近年にない良好な体調も手に入れた。
 しかも、数年は遊んで暮らせる大金が手元に残ったままだ。
 「まだ、わしに用があるのか!?もう十分望み通りになったじゃろ〜て」
 園田の新居のリヴィングに呼び出された死神は過剰に置かれた調度品に目を白黒させた。
 「い〜や、こんなもんで満足するオレではない。こんどは膵臓、否、心臓も提供するからもっと贅沢な暮らしをさせてくれ!」
 醜悪な表情を浮かべ園田は死神に詰め寄った。
 「分った、分った。これで最後じゃぞ」
 「物わかりの良いじじいだ。さっさと臓器を抜き取れ!どうせ新しい擬臓器を購入すれば済む事だ」
 その後も園田は事あるごとに死神を呼びつけ取引をした。
 自前の臓器が目減りする程に、園田の生活は華やぐ。新たに始めたバイオ養殖事業の成功は、軍部の至近席を形造り、最後の臓器“心臓”を手放す頃には、急遽勃発した第三次非核大戦の煽りも受け、戦地へ送る食料物資全てを任せられるまでになった。
 過去の反省から当時の戦争は“サイボーグ達による地上戦のみで雌雄を決する”と国家間で取り決められ、核の使用も全面的に禁止されていた。
 戦地のサイボーグ達にも園田が届ける食品は概ね好評で、軍との際どい裏取り引きも含め、その事業は大きな利益を生んだ。
 正に彼は栄華の時を迎えたのだった。
* * * *
 「死神と言っても所詮は宮使い。それにしても今日の閻魔大王の虫の居所にはホトホトまいったわい。これで臓器の横流しでもバレた日にゃ〜…あ〜、怖……。早く120年後の定年が来てくれんかの〜」
 迷宮出口の長い階段をトボトボ歩く死神は、地上での慈愛溢れるその表情とは程遠く、生気を失った窓際サラリーマンのそれに近いものだった。
 「おい、何しょぼくれているんだい?」
 死人を連れた擦れ違い様の、同僚が肩を叩く。
 「何って…。何時もの閻魔の…」
 ここまで発すると、死神は急に口ごもり、暫し感慨深げな間を取ってから囁く様に続けた。
 「その男は死んだのかい?」
 「ああ、戦地で流れ弾に当たってな。間抜けな奴さ」
 「おい、わしじゃ」
 死神は同行の男に声を掛けた。
 「じ…じ…い……」
 途切れ途切れの声の主は他ならぬ園田だった。園田は死神に掴み掛かり、堰を切ったかの様に捲し立てた。
 「てめ〜!おれに召集令状が来た時、あれ程助けを求めたのにいつまで経っても来やしね〜。おかげでこのざまだ!しかもこのじじい、おめ〜と違って、全然、融通が効かね〜。やい!おめ〜からこいつに言え!オレの全てと引き換えに今直ぐ地上に還せとな!」
 死神は何度も耳元に手をやる仕草を見せながら園田の訴えを聞こうとするのだが、困惑するその顔は、どうにもその叫びを聞き得ていない。
 大声を出し続けた園田が階段にへたり込んだ頃、やっと死神の口が動いた。
 「お前はもう人間じゃない。悪く思わんでくれ。サイボーグの言葉は人間専属のわしには聞こえんのじゃよ」
 死神は同僚の肩を力無く叩き「後は頼む」と小声で吐き捨てると、階段をまたトボトボと歩き出した。

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by sohmeiID | 2009-10-26 09:00 | 連載:大人の寓話
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