重複
するが、
おれの育った沼津市は絵に描いた様な中途半端な地方都市で、
人種は大きくわけて4種しかなかった。
まるで今の人種差別くらいシンプルかつくだらない色分けだ。

漁師、百姓、勤め人、商人加えるならヤクザか〜。

で、
その加えたヤクザ登場の話でも昔話第2弾として書いてみるか。

この街最大のイベントは夏の花火大会。
これは近郊各地から人が訪れるくらいの規模で、
まあまあ胸をはれるイベントだったが、
あとは規模の差こそあれ中途半端な神社の祭りと相場は決まっていた。

おれの校区だと高島町って比較的商店の多いその町内だけが出店がでる規模で、
あとの町内は出店すらでないマイナーイベントだった。

そんな状況下、地域の小坊たちは日々出店に餓えていた。

二学期も中盤になると決まって一週間くらい、
裏門の出た直ぐでヒヨコの即売をする渡世人が現れる。
メインゲートを避けているのは渡世人なりの羞恥心の表れなんだろうな、多分。

で、
このヒヨコには「科学の色」の最たるサイケデリックな色が1羽1羽色分けされて施され、キューティーこの上ない生物体に見えるのだ。

販売員の肌の永久サイケデリック・ペイントも、
銭湯、海水浴と日常的に慣らされているもんだから、特に恐怖心はなく、
「どれが元気?」なんて聞いてアドバイスを貰ってありがたがったりしていた。

で、
最終的には、
その延々宇宙を彷徨った手塚産「火の鳥」Jrを思わせる神々しさに、なけなしのお小遣いを払って購入ってことになる。

これを育てたらいつか火の鳥みたいになるんだろうな〜。不細工でも鳳凰くらいにはなるだろう。相当なバカでも孔雀にはなれるだろうと、大志を抱きかいがいしくお世話をするのだが、
三日もするとその色ははげ落ち、
グレート・カブキの試合後みたいな醜い姿となる。

もう暫くすると、
声変わり時期、セックスに強い興味を持ち始めるガキを彷彿させるニワトリもどきとなる。
この時点でおれはそれに対する愛情を完全に使い果たし、
行く末を、一家で一番自由時間のあるおばあちゃんに委ねる訳だ。

このパターンを3回くらい繰り返したあと、おれの家ではいっさい動物を飼わなくなった。


※絵は文と関係ありません

タイトル「油面男と階段を降りる裸婦、その行く手には…」 資料提供Pimoro linyu氏↓↓↓








★5月恵比寿NOSライブ情報★
5.26(月)
*Sunshine Love Steel Orchestra 出演決定!! *
土生"TICO"剛(LITTLE TEMPO)田村玄一( LITTLE TEMPO、ロンサムストリングス)&大野由美子( Buffalo Daughter)
DJ:大石幸司( LITTLE TEMPO)
詳細はこちら。
# by sohmeiID | 2008-05-24 23:48 | ヴィンテージに成れなかった人々
昔話
でもたまには書こうかと思う。

そうなるとおれの人生で一番印象に残っているのは、
小中一緒だった「まっさん」だな。

まあ、
今風って言うか〜、簡単に言うと「知的ハンディを持つ児童」って事になるんだろうけど、
当時はそんなスマートな比喩はなく、ある意味フィフティーフィフティーな関係だったかな。

で、
まっさんがなんで知的ハンディを持つようになったかって逸話があって。
なんでも幼稚園のころにトラックに跳ねられ頭部を強打、
そんでいきなり学力が落ちたってのがおれら地域のガキンチョの定説になってた。
いま思うとそりゃ〜ないよ、と思う程裏が取れていない逸話だね。
だって、
そんなにショックが大きければ、まずは記憶の方が怪しいと思うんだけど、
その辺はしっかりしていたし、
実際その大事故に関してまっさん本人にインタビューした事もあるんだけど、
なんか意図的に神秘な方向へと導くまっさんがいたんだよな〜。
そんな時、おれはカチンときて、まっさんの弛んだ腹にエリックばりのストマッククローをくれてやっていた。
決まってまっさんは「やめてくれよ〜、エンドウソウメイ君」って主犯を君付けで呼んでいたな。

で、
まっさんに関する鮮烈な記憶があって。
その前におれの当時住んでいた沼津市の掟について書かないといけないか。
沼津市って1校を除いて中学に進学するとき、
男子は5分以下の坊主頭にしなけりゃいけないって、新日本プロレスの新弟子みたいな恐怖の掟があったのね。

6年は卒業式を終えると何時、坊主になるかが最大の話題なんだけど、
まっさんにかぎってその悩みはないと思っていたんだ。
と言うのも、
3学期になって、勉強ができない数人だけが訳も告げずに何処かへ退席した事があるんだ。
どこから聞いて来たか知らないれど、ある奴が、
「まっさんは中学の勉強は無理だから特殊学級に行くんだよ。そのための今日が特殊学級の入学試験なんだ!」とか嘯いた。
中途半端な都市なんで、小坊なんてみんなあんまり情報がないんでね、
その線で同意しちゃったんだよね、その時は。

おれときたら「中学受験か〜。医者やら弁護士の倅みたいでかっちょいいじゃん!じゃ〜、まっさん坊主回避か〜!いいな〜!!」とかそんな感想だった。

で、
入学式が1週間に迫ったある日、校庭で遊んでいたら何時もの様にまっさんが来た訳。
なんか頭部のシルエットがタイトだな〜と思ったらまっさんたら、おれより早くに坊主にしてやんの。
なんかすこ〜し温かい気持ちになったな〜そん時は。

で、
5中に入学。

入学すると急に大人のマネする奴いなかった?
おれそういう奴、大嫌いなんだけど。
胸ポケットに使いもしない万年筆さしたり、
教室にでっかい時計があるのにセイコーのダサイ腕時計とかしてくる奴。

そんな胸くそ悪い気持ちを抱えながら下校後、家が近いもんだから、
この間まで通った小学校の校庭の塀にボールぶっけて遊んでいたら、
どこかで聞いた声がするんだよ。
「エンドウソウメイ〜〜!!」って声が。

見たらまっさん。
そんで、
ルックスみてぶったまげた。
何時も通りのこ汚いシャツに半ズボン。
頭には黄色いGYマークの野球帽だよ。
まったく進歩してないの小坊時代と。
急激変化反対派のおれも長ズボンにチェンジしてるのにだよ。
流石にそん時は呆れたね〜。

しかも遊び場もそのまま小学校の校庭っておまけもついてるし。

ま〜そんな感じでイライラしていたおれを和ませてくれたリアルキッズ・ファッションも、
その年の激寒浜風が吹く頃には消えていったんだけれどもね。



絵は全然文と関係ありません。

シリーズ「倭森林」大船↓↓↓


シリーズ「倭森林」大船↓↓↓


シリーズ「倭森林」太東海岸↓↓↓


シリーズ「倭森林」原宿↓↓↓


番外編「重慶森林」香港↓↓↓


C・ロナウド遂に頂点。紆余曲折の末につかんだ栄光だよね。バロンも確定では!?↓↓↓


明日はリキッドで半仕事なんですが、サンパウロ、ダチャンボ、クロマニョン、GOMAちゃん、薫ちゃん等出演イベント行きます。
ゲスト枠無い様なんでお話していた方々すいません。今回は…。







★5月恵比寿NOSライブ情報★
5.26(月)
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# by sohmeiID | 2008-05-24 01:13 | ヴィンテージに成れなかった人々
中目
黒周辺(っても、俺等だけなんですが…)

「オフィス・タニノ系」っていう隠語があるんです。

簡単に説明すると、
天才カメラマンのノニータ氏が、
昔、超冴えないオッサンをモデルにして撮った名作「水道局員」って作品があったんですよ〜。
氏は彼を指し「僕の専属モデルなんですよ〜」とジョークか本気か、ある日宣った訳です。

で、
この手のおっさんって意外と身近にいる訳です。
そんな人を街角で発見すると
「オフィス・タニノにスカウトする?」とか「オフィス・タニノ系だよね」ってカテゴリーで語る様になった訳です。
※タニノの語源はノニータ氏の字面参照。

先日、mixiのレスに、ノニータ氏が貼ってくれたURLがあって、
松本人志氏の「働くおっさん劇場」だったんですが。 ↓↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=VvUpZQ1NNcE

相変わらず「オフィス・タニノ系」が好きだな〜w
って程の「純オフィス・タニノ」な映像でした。

なんか、
他にもこういう人いるよな〜、
って事で、
「政見放送」で検索したら、
出てくる、出てくるw
タニノ系が!

東郷健、ドクター中松、内田裕也なんかはメジャーすぎなので、
オフィス・タニノにはちょい重いのですが、

http://youtube.com/watch?v=t-3QorADO8A
さん

http://youtube.com/watch?v=5JPeOoiWUKk
さん

http://youtube.com/watch?v=o2D9aXU8Zyg
さん

http://youtube.com/watch?v=jq0j91t_gVE
さん

—————超えられない壁—————

http://youtube.com/watch?v=xThzXi0ZCPc
将軍

http://youtube.com/watch?v=dxrk9wPjASc
将軍

まあ、
まだまだ俺の知らない世界は多く存在するな〜っと。

そうそう、
こんなオフィス・タニノな人も北京に出没とか。

マー君、北京にストリート・ファッションで出没!↓↓↓


そうそう、
表紙、映画評、挿絵をやらしてもらってる、
フリーペーパー「88」の冬号が発行されました。
下記に配布店出ています。↓↓↓
http://www.wacca.com/88/list.html

# by sohmeiID | 2007-02-13 18:54 | ヴィンテージに成れなかった人々
珍物評伝「その時、三半規管は揺れた・・・」
「恵比寿1989:朝霧の乱/Tの場合」その10

 まー、そんな異国での再会が、日本国的ギリチョンなリーガルな1回目の再会。
 で、もう1回というのがナント、東京で再会しているのだ!
 事務所で〆切に追われる俺に深夜唐突に電話がけたたましく鳴った。
 嫌嫌出てみれば、なんと受話器の向こうの相手はTだった。 
 「バンコック?」と俺。 
 「ううん。今、成田」と時空を越えた返答のT。
 「なんで入国できるの!?」とのシンプルな質問に「インド人にパスポート作ってもらって、一緒にきたんだー。でさー、なんかこいつ等つまんないから、そっち行ってもいい?」と1回の説明では到底理解出来ないことを平然とはほざくT。 
 何か悪い夢を見ているのかと、気を取り直し、再度、俺は一心不乱に〆切に立ち向かう。
 そんな俺が、T来日を半信半疑のまま、なんとか仕事の佳境を乗り越えて、眠気の局地に達する早朝、俺の今の状況など全くかまわずに、奴は事務所に現れた。
 夢心地に、驚きと、睡魔という、完全なるパラドックスの間を彷徨う俺に、予期せぬ質問が浴びせられた。
 「何してるのー?」 
 「見ればわかるでしょ!仕事!」
 きょろきょろ、長々と室内をなめ回した果てにTは呟く「え?」
 「だから仕事!!」
 的を得ないのか、かなりの空白の後に一言「寝ても良い?」
 「いいから、静かにね」と俺。
 空虚に流れた、かなりの時間の後、再度Tが呟いた。
 「で、何してるの?」
 俄然うざそうに俺が「だから、仕事!!」
 「え?・・・そうか仕事だったよね」
 上記、すっとこどっこい会話を繰り返すこと8回、やっとTは寝息をかきだした。
 数日続いた、偽造パスポートを駆使した東京ナイト物語の最後の晩、Tは約束の地、俺がレコードを回す次郎長バーに懐かしそうな顔認めて訪れた。
 イリーガルに来日し、イリーガルなお薬を吸入した外タレTは、既にほぼ撃沈。そんな中でも、前と全く変わらぬ調子で俺に一言囁いた。
 「ここが世界の中心だね」
 俺はただうなずいた。
 早朝、初めて青山の「ギャラリー・ウシオ」で、仁美と次郎長バーのプランニングの話をしたような、タバコの煙ならぬ大麻の煙が造りだす朝霧に紛れて、ゆっくりとTは消えて行った。 
 その後、Tの消息は知らない。海外生活期間の刑はそのまま止まっているはずなので、奴には時効は当然無いだろう。今言えることは、ただ、Tが笑いながら相変わらず生きていてくれたらそれで良い。だって、それがTなのだから・・・。
 次郎長バーは21世紀を待たずにその役割を終えた。
 オーナー3代、店長も3代に渡って営業し、大勢の人達が訪れたその店もある夜、最後を迎えることとなった。
 俺は気心知れた友人を伴って人でごった返す店に、その夜顔を出した。
 客達は皆、俺より若く、知らない顔が多かった。俺は思いの外、何の感傷も抱かずに旧知のスタッフのみに挨拶を済ませ、店を即座に後にした。
 その後、同伴した友人とも別れ、ただただ恵比寿の街をゆっくりと、深い呼吸をしながら歩いた。
 いろんな事が、この街で起こった。そして明日からもいろんな事が起きるのだろう。だが、俺には、恵比寿でTと過ごした2年弱が永遠で、その時、身近にいた客との思い出が永遠であると、空から啓示が降ってきたが如く全身でその夜、悟った。
 だって、ここが世界の中心なのだから、絶対それで間違いないはずだ。(完)
# by sohmeiID | 2006-02-13 08:47 | ヴィンテージに成れなかった人々
珍物評伝「その時、三半規管は揺れた・・・」
「恵比寿1989:朝霧の乱/Tの場合」その9

 何も無かったかの様に、店は軽いスタッフのマイナーチェンジを行い営業を続けた。
 T目当ての常連客は流石に姿を見せなくなったものの、相変わらず集客は衰えなかった。
 表面上、さほど変わらぬ素振りをし、その後も俺はレコードをかけ続けた。
 だが、Tの役割を担える相方はどうにも探し当てるのが難しく、敢えて全く正反対のマニア然としたDJ、内海イズル君を誘い、その後長々とコンビを組むこととなる。  
 サルパラダイス、DJバー・インクススティック、MC1000、マニアックラブと回す店のフィールドも拡がり、曲がりなりにもイラストレーションの仕事も増えていったが、どんなに楽しい夜も、Tの何時か呟いた「ここが世界の真ん中だと思ってやらないと、他人が楽しめるわけがない」との言葉が、魚の骨が喉奥に刺さるが如く、一向に消化できずにいた。
 Tは次郎長バーから姿を消した後も、数回、俺の三宿の自宅に現れ、当時2人がはまっていたバラエティー番組「とんねるずの皆さんのおかげです」を視聴しながらの夕食を共にした。
 麻取からの逃れる生活からの疲れか?多少頬の痩けたTだったが、無意味に番組のテンションに合わせた、自身装着笑い袋の空笑いは、初対面同様健在で、当然俺もそれにつられた、ルーティーン笑いをこなした。
 何度かそんな晩があり、やがて別れが訪れた。「2丁目で友人と待ち合わせてるので、行くよ」と俺の宿泊の誘いを断る一言を残して、Tは忽然と東京から姿を消した。
 ゆとり教育を全身に受けた俺同様、青春の顛末記にしては、あまりに締まりが無い結末なのだが、実はその後、Tとは2度ほど会っている。
 正確に記すと日本国的には1回。自分史的には2回という曖昧な記録がひょうろく玉なTらしく微笑ましい。
 Tが姿を消した数年後のタイ旅行で、Tが同国で潜伏している噂を小耳にはさんだ俺は、パッポンの、とあるDJバーでひょんなことからTの電話番号をゲットした。
 すぐさま壊れかけの公衆電話で、見慣れない字面の、その番号を回した。
 受話器の先からは聞き覚えのあるミュートがかった例の笑い声が聞こえ、感動の再会さえも、東京時代と変わらぬ、ただの笑い声の連鎖に止まった。
 当然、翌日そのDJバーでTと再会したが、なぜか意外にも時間の経過を感じる事はなかった。強いて言うなら、東京時代より痩せた容姿とあいまった、頭脳のキレが、今のTの多少矯正された日常を感じさせ、なぜかホッとしたことを覚えている。
 なんでも現在は日本語学校の教師をしているとかで、いかにもTらしく、教材に忌野清志郎のカバーによる名曲「イマジン」を使用しているとの話題には笑いがこみ上げてきた。
 Tの生活習慣の更正を実感した俺だが、軽いバンコック観光の折、小遣い稼ぎのマッポが、東京時代とは逆さまに、Tではなく俺を大麻所持で尋問してきた。その際の、Tのマッポに対する態度には心底驚いた。東京時代、常に大麻を携帯していたTが、我、清廉潔白とばかりに、当方聞き慣れぬ彼の国のランゲージを駆使して、田原総一郎ばりにオマワリを論破!
実はその時、俺はイリーガルな物体は何1つ持っていなく、逆に、強烈に抗議するTの当然の所持のほうが怖かった。
 結局、物は見つからず無罪放免となったが、実はタイに来てからのTは、彼の国の大麻に対する重罪に備えて、一切、ドラック関連の品物は持ち歩かなくなったと後日談で知らされて、無意味にキモを冷やした俺は全身から力が抜けた事を記憶している。(続く)
# by sohmeiID | 2006-02-12 15:18 | ヴィンテージに成れなかった人々
珍物評伝「その時、三半規管は揺れた・・・」
「恵比寿1989:朝霧の乱/Tの場合」その8

 客は入るが、なんか冴えない気分での営業が続いた。そんなある日、仁美からミーティング招集がかかった。内容は絶望的に暗いものだった。そして、俺達が手作りで作り上げた恵比寿の「店という名の公園」の終焉は2年を待たずして唐突にやってきた。
 仁美のミーティングでの主要な考えはだいたい右の4つだった。1.自分はマネージャーを辞す。2.オーナーからは継続営業の許可は取っている。3.店長は自分が新たに探してくる。4.今、退職するなら退職金をだす。
 これに基づいてそれぞれに今すぐ身の振り方の結論を出して欲しいとの事だった。もともとクラブ的なる物が好きでないPちゃんが最初に退職の結論を出した。シホミは継続して働く事に。客とも仲良くなっていてDJも楽しくなっていた俺はスタッフとしてでなくDJのみで参加了承を取り付けた。
 仁美の話の途中で既に俺は気が付いていたのだが、要は仁美はTを切りたかったんだと思う。これも後日談で知ったが、麻取の捜索が、すぐそこまで来ていることを察知した仁美はTが即座に逃げることを強く望んでいた。
 そんな仁美の気持ちも知ってか知らずか?異常に店長という肩書きに執着するT。俺にとってもこれは意外な奴の一面だった。
 流石のTも、セッチン詰めで、気が遠くなる程に長く、重いミーティング時間に耐え切れなくなったのか?やむなく退職を選択した。
 気だるい余韻の中、店を後にした男3人は必然的に固まり、意味もなく喫茶店に入った。
 自分の置かれた境遇にピンとこないTは「ミーティングって言うからいろいろ店の事考えていったのに、あれだもんな・・・」
 力無く俺が「どんな事?」と聞き返す。
 「たとえばさー、傘立て、新しく買うとか・・・」
 ばかばかしいと思った・・・それと同時に、Tの置かれた現実と「傘立て」の遠さに全員が押し黙った。
 結局、10分もせずに、幾つもの奇蹟な夜を作ったきた3人は、この夜を最後にバラバラに帰路についた。(続く)
# by sohmeiID | 2006-02-09 22:48 | ヴィンテージに成れなかった人々
珍物評伝「その時、三半規管は揺れた…。」
恵比寿1989:朝霧の乱/Tの場合」その7

 最初の暗い影は、全然予想だにしない方向からやって来た。
 82年に起きた、未だ未解決の「新宿ディスコ殺人事件」が引き金となり、ダンスを目的とした飲食店は12時以降の営業ができなくなった(風営法改正)ダンス主体で無くとも12時以降にダンスの現場を押さえられると、同法律に触れるという、夜のダンス・ミュージック好きにとっては手足をもがれる様な法律だった。
 繁昌店は特に他店の妬みによる通報もあり、私服警官に狙われる。次郎長バーもご託に漏れず、週末を狙った捜査の対象となり数度に渡り踏み込まれた。
 当初は貸し切りパーティーの延長でダンスに及んでしまった、との、弁解で切り抜けたが、余りに頻度高く彼等が来襲するに至って、流石の俺も「何か、それだけではないのでは?」と勘ぐりだした。
 実際、当時の次郎長バーには一連の麻薬と名の付く代物は全アイティム始終あったし、吸引も当然日常化していた。
 ご託にに漏れず俺も1ユーザーとして嗜好していたわけだが、殆どのネタはT経由で入ってきていた。
 その頃になると、決まって開店前にはアメリカ人のJか自称ギタリストのMが頻繁に出入りし、何やら小声でTと囁き合うのを連日目撃もしていた。 
 後日知ることとなるのだが、J、Mを介して仕入れたネタをTが窓口となり、店の客に売っていたのだ。売(バイ)までしている事を握っていれば、そりゃー、当局もひつこい位に踏み込んでくるわけだ。
 Tのドラックに関する見解は当時のサブカル系の認識から一歩も出て無く、非常にステレオ・タイプのものだった。
 「大麻は自然の贈り物」「酒より暴力的でない」「ラスタは当然やっている」まー、こんな感じだ。 
 だが、俺にとってTはそんなナチュラル嗜好に見えなかったし、第一、ケミカルも十分に「ヒンヤリ好き長距離トラック運転手」並に補給していた。
 原発は反対するくせに、タクシーは常用。第一、ラブホと焼肉大好きラスタって初めて出会った。
 特筆すべきは前職のレゲエバー「69」退職の隠された真実。
 マスターであるジャー・ケースケは、オープン当初の思想性のあるラスタな店が時間が経過するとともに、温い「なんちゃってラスタ」なスタッフが増えた為、背骨の無い歪な空間に変容してきた事を嘆いていた。まずはスタッフの入れ替えで、初心に戻ろうとする改革が始められた。
 比較的ラスタな文献を読んでいた(こいつ結構読書家)Tはまず自分が外されることはないと踏んでいた。
で、実際の採決の時のケースケの第一声が「えーと、やめてもらう人を言うよ。まず、T〜」その後3人くらい切られたらしいが、戦力外の一番目というのは輝かしすぎる。要はこの時点でTもまだドラックとの付き合い方が子供だった訳だ。(続く)
# by sohmeiID | 2006-02-08 02:15 | ヴィンテージに成れなかった人々
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